実在の犯罪者/事件

《実在の犯罪者》恐怖の看護師〈チャールズ・カレン〉史上最大400人近くの殺害に関与したとされる殺人鬼

Charles Edmund Cullen1960生〜服役中

出典:Wikipedia

私の人生の大半は霧の中で生きてきたようなものだった。

チャールズ・カレンの告白

チャールズ・カレンとは…?

チャールズ・エドモンド・カレン(Charles Edmund Cullen、1960年2月22日生まれ)は、米国の連続殺人犯です。

看護師であったカレンは、2003年に逮捕されるまで、ニュージャージー州のいくつかの病院に勤務した16年間の経歴の中で、数十〜数百もの患者を殺害しました。専門家によると、カレンは最終的に400人の死に関与があったと推定されており、それが真実であれば記録史上最も大量に人を殺害した連続殺人犯ということになります。

チャールズ・カレンの誕生と背景

誕生と家族構成

チャールズ・カレンは、1960年2月22日にニュージャージー州ウェストオレンジで、8人兄弟の末っ子として生まれ、アイルランド系カトリックの労働者階級の家庭で育っています。バス運転手だった父エドモンドは、1960年、チャールズが生後7ヶ月のときに亡くなっています。

少年〜青年時代

カレンは後に自分の子供時代を「惨めなもの」と表現し、同級生や姉妹のボーイフレンドから常にいじめられていたと証言したそうです。さらに、わずか9歳のときに、化学薬品を飲んで自殺未遂を起こした過去があります。

高校〜海軍へ

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カレンが高校3年生だった1977年、かつて第二次世界大戦後にイギリスからアメリカに移住してきた母、フローレンス・カレンは55歳で交通事故死しています。カレンは、母親の死2館s塗るエピソードについて「壊滅的」だったと振り返り、病院がすぐに母親の死を知らせず、遺体を返しもせずに火葬にしてしまったことを非常に憤慨して語ったとのこと。

翌年、カレンは高校を中退し、アメリカ海軍に入隊します。水艦の乗組員になりましたが、環境になじめず、仲間の乗組員からいじめられたといいます。

医療服姿で発見される

海軍に入隊して1年後、カレンは潜水艦のミサイル制御装置の席に海軍の制服ではなく、手術用マスク、手袋、スクラブ姿で座っているのを発見されています。カレンはその行為で懲戒処分を受けましたが、なぜそのような服装をしたのか説明することはなかったそうです。

しかし、その後自殺未遂を起こし、海軍の精神科病棟に何度も収容されました。そして1984年、理由は明らかにされていないそうですが海軍から除隊されています。

医療業界へ…

写真:Jeremy Bishop on Unsplash

看護学校へ

除隊後まもなく、カレンはニュージャージー州モントクレアにある病院の看護学校へ入学します。そこを1986年に卒業すると、すぐにリビングストンにある病院で勤務するようになりました。

結婚

1987年、カレンはひとりの女性と出会い、結婚します。

しかし、カレンの妻は、彼の異常な行動と飼い犬への虐待に次第に心を痛めるようになり、1993年には、夫が自分と2人の子どもを危険にさらすかもしれないという恐怖から、彼に接近禁止命令を出すまでにいたります。

妻は、カレンが人の飲み物にライターオイルをかけたり、娘の本を燃やしたり、娘たちを1週間ベビーシッターに預けっぱなしにしたなどと主張していたそうです。カレンは、「妻は大げさだ」とそれらを否定。それでも妻は、カレンは精神的に病んでいると主張し続けました。

殺人、そして離婚

最初の殺人

カレンが後に自供した最初の殺人は、1988年6月11日。彼は初めて患者に致死量の点滴薬を投与しました。同じ病院内で、インスリンの過剰投与を受けた後に死亡したエイズ患者を含む、数人の患者の殺害を認めています。

別の病院で繰り返される犯行

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はじめての殺人を行った病院を去った1ヶ月後、カレンは別の病院に就職します。そこで心臓病の薬ジゴキシンの過剰摂取で3人の老女を殺害しました。最後の被害者については、死亡前に、男性看護婦が寝ている間にコソコソしながら自分に注射をしたと訴えていたそうです。しかし、家族や病院の医療関係者は、彼女の発言を根拠がないものとして否定していました。

離婚、その後の奇行

翌年、カレンは妻と離婚した後、フィリップスバーグの地下のアパートに引っ越します。1993年、カレンは看護師を辞めようと思ったそうですが、養育費を払うために仕事を続けざるを得なかったと、後に語ったそうです。

1993年3月、カレンは元妻と幼い息子が寝ている間に建物内に侵入しますが、彼らを起こすことなく立ち去っています。しかし、その後カレンは元妻に対しストーキング行為を始め、元妻は警察に被害届を提出。その後、カレンは不法侵入の罪を認め、1年間の保護観察処分を受けています。また、逮捕の翌日に再び自殺未遂を起こしたそうです。

うつ病、繰り返される自殺未遂

カレンは2カ月間仕事を休み、2つの精神科でうつ病の治療を受けていました。しかし、その後2回も自殺未遂を起こしています。

同じ年の9月、勤務先の病院に入院している91歳の癌患者の女性が、担当看護師でないカレンが部屋に入ってきて、注射を打ってきたと報告しています。その翌日、彼女は亡くなりました。女性の息子は「自然死ではない」と抗議し、病院側はカレンと他の看護師数人に嘘発見器テストを実施。しかし結果は問題なく、カレンは、翌年の春まで同じ病院で働き続けていました。

犯行を助長した病院の状況

消えた記録

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その後、別の病院に移ったカレンは、集中治療室で勤務することになりました。そこでは、2年間は誰にも危害を加えなかったとカレンは主張しているそうですが、その期間の病院の記録は、2003年にカレンが逮捕された時点で破棄されていたため、真相は闇に葬られました。

しかし、同病院で1996年1月から9ヶ月の間に5人の患者をジゴキシンの過剰摂取によって殺害したことを認めています。その後、別の病院に移りますが、そこでは業績不振のため解雇され、その後カレンは6ヶ月間失業状態となります。収入がないため養育費の支払いも行われなくなり、短期間、カレンは精神科の施設に入院しました。

全国的に慢性的なナース不足

その後、カレンは新たな病院で働き始めますが、患者に予定外の時間に薬を投与したことで告発され、また、注射器を手に患者の部屋に入るところを目撃されるなどし、怪しい行動が露呈するようになっていきます。ある病院内では調査も行われたそうですが、結論はでず、カレンが殺人を行ったと確定的に示す証拠はなかったのです。

そうしたことが度々あったにも関わらず、また、カレン自身が精神的に不安定で精神科に通っていたり、自殺未遂を行っていたにも関わらず、結果はその病院を解雇される程度で、その後また別の病院で勤務を繰り返していました。彼が勤務してきた病院では何人もの不自然な死亡者が出ていたものの、当時は全国的に看護師不足であったため、カレンは仕事を見つけ続けることができたのです。

病院の責任逃れ

看護師不足であったことや、時代的に、まだ精神的な問題や雇用上の問題を抱えた看護師を特定するための報告制度も存在していなかったこともあり、病院側は責任問題を逃れるためにカレンに対して大きな行動を起こそうとはしませんでした。彼が勤務してきた複数の病院のいずれもが、そうした態度だったのです。

止まらない犯行

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逮捕の4年前

1999年3月、カレンは新たに働き出した病院でも殺人を行い、その後また別の病院の心臓病専門の治療室で働きます。そこでは少なくとも3年間に5人を殺害し、さらに2人を殺害しようとしていたことが明らかになっています。そして、2000年1月には一酸化炭素中毒による自殺を図ろうとしますが、隣人が煙の匂いに気付き警察と消防に通報しました。カレンは病院と精神科に運ばれましたが、翌日には自宅に戻ったそうです。

曖昧な捜査

その後、患者の不審死が続く中、カレンの同僚らが廃棄ゴミの中に怪しい薬の小瓶を見つけるなどし、地方検事に対してカレンが患者を殺すために薬物を使用した疑いがあると警告をしていました。しかし、捜査官はカレンの過去を調べることはなく、9ヶ月後に証拠不十分で不起訴となっています。

ついに事件が明るみに

不審な薬のリクエスト

2002年9月、うつ病が悪化していたカレンは、ニュージャージー州ソマービルのサマセット・メディカル・センター重症患者病棟で働きだしました。そこでは、約1年間に渡ってジゴキシン、インシュリン、エピネフリンを使って少なくとも13人の患者を殺害し、さらに少なくとも1人を殺害しようとしました。

病院側は、カレンが自分の担当でない患者の部屋やコンピュータの記録にアクセスしたことから、不正行為に気づき始めます。薬剤調剤記録からは、カレンが患者に処方されていない薬剤を引き出していることがわかりました。彼の薬のリクエストには、すぐにキャンセルされた注文や、数分以内のリクエストも多く含まれていました。

カレンの過去が明らかに

2003年10月、同病院のある患者が低血糖で死亡すると、病院はニュージャージー州警察にやっと警告を発しました。その患者がカレンの最後の犠牲者となります。

3ヶ月の2003年7月から、少なくとも4件が疑わしい過剰摂取により患者が死亡(つまり、意図的殺人)していたにも関わらず、病院は10月まで当局への連絡を遅らせていたのです。その時までに、カレンはさらに少なくとも5人の患者を殺害し、もう一人の患者を殺害しようとしていました。

州当局は、報告が遅れた病院を非難しながら彼の職歴調査に着手します。すると、過去に患者の死に関与していた疑いがあることがやっと、ここで判明しました。そんな中で2003年10月31日、病院は表向き求職票に嘘を書いたという理由によりカレンを解雇しています。

ある同僚の捜査協力

責任問題を恐れる病院が記録提出を渋る中、看護師のエイミー・ローレンは、カレンの薬物入手の記録と患者の死との関連性を警戒し、警察に独自に通報します。捜査官はローレンに、勤務時間後にカレンを訪ね、盗聴器をつけながら話をするように命じました。これにより、警察は逮捕に十分な根拠を得たのです。

逮捕と判決

逮捕と判決

カレンは2003年12月12日にレストランで逮捕され、1件の殺人、1件の殺人未遂の容疑でついに起訴されました。そして、16年間の経歴の中で40人もの患者を殺害したと刑事に話しました。カレンは、当局が彼の犯罪に対して死刑を求めないのであれば、当局に協力すると司法取引を求めました。

裁判では、30分間「裁判長、あなたは退任しなければなりません」と繰り返し言い続け裁判官をなじり、裁判を中断させました。その結果、カレンは拘束され猿ぐつわをするよう命じられています。

終身刑

2006年3月2日、ニュージャージー州のアームストロング判事により、カレンは11回連続の終身刑を言い渡され、2403年まで仮釈放の資格はないとされました。現在、トレントンのニュージャージー州刑務所に収監されています。

犯行の動機

カレンは、被害者の命を救おうとする試みを目撃したり、聞いたすることに耐えられないと刑事に発言しており、患者の苦しみを終わらせ、医療が患者の人間性を奪ってまで生きながらえさせることを防ぐために過剰摂取させたと述べていたそうです。しかし、犠牲者の全てが末期患者だったわけではありませんでした。ある看護師は取り調べで、被害者の多くが快方に向かっている人々だったと発言しています。

患者を”ある意味で”救いたいと思っていた、というカレンの主張は、結果的に患者を苦しめそのままなら助かっていたはずの命を意図的に奪った結果と矛盾していると捜査官は述べています。さらに、それぞれの殺人を犯す決断は衝動的であったとも。

カレンは、自分の人生はほとんどを霧の中で生きているようなもので、自分が何人を殺害したのか、なぜ彼らを選んだのか思い出せないと発言しています。

事件の余波

カレンがこれまで勤務してきた病院のうち、いくつかでは同僚の看護師達が彼に対し大きな不信感を持って忠告、警告、または集団で病院に訴えるなどをしてきたそうです。これらの事件を受けてペンシルベニア州、ニュージャージー州、その他35の州で、雇用主が労働者の仕事ぶりを正直に評価することを奨励し、医療過誤を報告することを法的に保護する新しい法律が採択されました。

特にニュージャージー州法は、他の州が追随するモデルとなりました。まず、2004年の患者安全法では、「予防可能な重大な有害事象」を報告する責任を病院側に強化しました。2005年の患者安全法の補足である強化法では、病院は従業員の特定の詳細をニュージャージー州消費者庁に報告することが義務付けられ、患者のケアに関する苦情や懲戒記録を少なくとも7年間保存することが義務付けられました。

チャールズ・カレンに関連した映像作品

映画

  • 2008年-『Killer Nurse(原題)』ウリ・ロンメル脚本・監督
  • 2020年-『キラーナース その狂気を追跡する』ドキュメンタリー
  • 2022年ー『グッド・ナース』Netflix、エディ・レッドメイン、ジェシカ・チャステイン主演
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アオリンゴ

会社員|大阪在住|映画鑑賞と読書が趣味で、とくに大好きなホラー映画を掘り下げたい「にわか研究員」です。まだまだ観たことのない作品も多く更新はノンビリです。

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