実在の犯罪者/事件

《実在の犯罪者》17人を殺害して切断し食べた”ミルウォーキーの食人鬼”ジェフリー・ダーマー

2022年10月4日

出典:Wikipedia

Jeffrey Dahmer

ジェフリー・ダーマーとは…?

ジェフリー・ライオネル・ダーマーは、”ミルウォーキーの食人鬼”としても知られる、アメリカの連続殺人犯および性犯罪者であり、1978年から1991年の間に17人の男性と少年の殺人と身体切断を行いました。

殺そうとして連れ込んだ男性に手錠をかけようとしたところ逃げられ、その後警察がやってきてバラバラ死体のポラロイド写真が見つかり逮捕となりました。部屋の中はひどい悪臭が漂い、台所から合計4つの切断された頭部が発見され、寝室とクローゼットの中には、塗装されたり漂白されたりしている合計7つの頭蓋骨、棚にビニール袋に包まれた2つの心臓、腕の筋肉の一部が発見されました。また、アパートの他の場所は、酸溶液に溶けたさらに3つのバラバラの胴体なども見つかっています。

1994年11月28日、矯正施設で仲間のクリストファー・スカーバーに殴打され、死亡しました

背景

誕生と家族構成

1960年5月 21日ウィスコンシン州ミルウォーキーにて、父親ライオネル・ハーバート・ダーマー、母親ジョイス・アネットの長男として誕生しました。6年後、弟が生まれています。(その後、両親は離婚し父親は再婚しました。)

少年時代

小学1年生の頃から、父は大学で研究をするため家を空けることが多く、うつ病を患っていた母は床に伏せていることが多かったため、両親と過ごす時間は極端に少なかったといいます。また、両親はよくけんかをしており、家庭の中は極度の緊張と罵声が常態化していたそうです。

とはいて、ジェフは普通の子供ではあったようですが、4歳の誕生日直前に、二重ヘルニアの手術を受けた後、著しくおとなしくなったと記録されています。

幼い頃からダーマーは死んだ動物に興味を示しており、それは4歳のときに父親が家の地下から動物の骨を取り出すのを見たのがきっかけだと言われています。ダーマーは骨が出す音に「妙に興奮」し、動物の骨に夢中になり、それを「バイオリンスティック」と呼んでいました。彼は時折、家の下や周辺を捜索して他の骨を探したり、生きている動物の体を探したりもしました。

1968年、一家はオハイオ州サミット郡バース・タウンシップに引っ越します。新しい家には小屋があり、ダーマーはここにトンボやガなどの大きな虫や、シマリスやリスなどの小さな動物の骨格を集め、骨の一部はホルムアルデヒドの瓶に保存されてしまわれていたそうです。

2年後、鶏肉を食べるときに、ダーマーは父親に鶏の骨を漂白剤に入れたらどうなるか尋ねました。科学者だった父親は、息子の科学的好奇心だと信じて喜んで、動物の骨を安全に漂白して保存する方法を教えました。この頃から、母親のうつ病が悪化していったそうです。

高校時代

高校生になったダーマーでしたが学校ではなじめず、昼間からアルコールを飲み、しばしば学校にも持ち込んでいました。教師からの評価では、丁寧で非常に知的だが成績は普通とされていました。彼は熱心にテニスをしていて高校のバンドで少し演奏することもあったそうです。

思春期になると、ダーマーは自分が同性愛者であることに気づきます。しかし両親には言いませんでした。告白によれば、10代前半から半ばにかけ、完全に従順な男性のパートナーを支配しコントロールすることを空想し始めたといいます。また、自慰行為の時も常に空想に浸っていたそうです。16歳の頃に、魅力的だと感じていた男性ジョガーの意識を失わせ、その身体を性的利用するという妄想を抱くようになっていきました。

成績は落ちていき、両親は家庭教師を雇いましたが、あまり効果がありませんでした。その後、両親は結婚生活を維持するためカウンセリングを受けたりもしましたが、父親が短い浮気をし、それがきっけけとなりついに離婚。父親は家を出て、母親と二人で暮らすことになりました。

最初の殺人

ダーマーは、高校卒業から3週間後の1978年に最初の殺人を犯しています。

6月18日、ダーマーはスティーブン・マーク・ヒックスというもうすぐ19歳になるヒッチハイカーを車に乗せました。ダーマーは飲酒を口実に青年を自分の家に誘い込みました。ロックコンサートに向かっていたヒックスでしたが、車に乗せてもらう代わりに「ビールを数杯」飲むという約束で、ダーマーの家に同行することに同意したのです。

ダーマーは、ヒックスをダンベルで殴打しました。相手が意識を失うと、体から服を剥ぎ取ってから手で胸を探り、死体の上に立ちながら自慰行為を行ったそうです。翌日、ダーマーは自宅の地下室でヒックスの遺体を解剖しました。数週間後、彼は遺体の肉を剥がしました。骨をハンマーで砕き、実家の裏の森に散骨したといいます。

大学時代以降

入学するも、すぐに退学

ヒックス殺害の6週間後、父親がダーマーを尋ねると母親はおらず、彼はそこで一人で暮らしていたことが判明しました。父親は、費用を払うから大学に行くよう進めます。そして、ダーマーはビジネスを専攻するためにオハイオ州立大学(OSU)に入学しました。
しかし、彼は酒浸りでろくに出席せず、退学処分となりました。

入隊

1979年1月、父親の勧めでダーマーはアメリカ陸軍に入隊します。

しかし、酩酊状態で叱責されることがあったり、反抗的な態度を取った際は小隊全体が罰せられ、ダーマーは仲間の新兵から激しい打撃を受けたといいます。その後も”平均より少し上”の評価があったにも関わらずアルコール依存症であったため1981年3月に名誉除隊となりました。

オハイオへ帰り、祖母宅へ

しばらくは一人でフロリダ州マイアミビーチ周辺でデリカテッセンの仕事を見つけ、モーテルに部屋を借りて暮らしていたダーマ―ですが、給料の殆どをアルコールに費やしたため滞在費の未払いによって追い出されます。

その後、父親と継母と共に暮らし始めますが酒を飲み続け、酒気帯び運転で逮捕されました。1981年12月、父親はダーマ―をウィスコンシン州ウェスト・アリスに住む祖母のもとに預け入れます。祖母は、ダーマーが愛情を示す唯一の家族でありました。祖母は、彼が酒を断ち責任ある生活を送ってこれることを期待し、教会へ誘ったり仕事を探したりしていました。結局2年間無職で、やっとのこと1982年初め、ミルウォーキー血漿(けっしょう)センターで働き始めます。

オハイオでの様子

下半身を露出

1982年8月8日、女性や子供を含む人が多く集まる公園で、下半身を露出したことが確認され逮捕。有罪判決を受けました。

マネキンとの秘密の行為

この頃、ダーマ―はミルウォーキーのゲイバー等に頻繁に出入りするようになりますが、店から男性用のマネキンを盗んで性的刺激のために使用するなどしていました。

浴場への出入り禁止

1985年後半にはゲイが集うバスハウスに定期的に通うようになります。しかし、性行為の最中にパートナーが動くことに苛立ちを覚えるようになっていったダーマ―は、逮捕後、相手に睡眠薬を投与し、鎮静剤を混ぜた酒を飲ませるなどするようになっていきます。 そのうち、バスハウスの管理者はダーマーの会員資格を取り消し、彼は出入り禁止となりました。

少年相手に自慰行為

1986年9月8日、ダーマーは12歳の少年2人の前で自慰行為をしたとして、淫行の容疑で逮捕されました。彼は当初、目撃者がいることに気づかず、単に排尿していただけだと主張していましたが、すぐに犯罪を認めたそうです。1年の保護観察の判決を受け、カウンセリングを受けるよう追加指示を受けました。

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加速する狂気-20代~30代後半

アンバサダーホテル

1987年11月20日、バーで25歳の男性、スティーブンと知り合いホテルに誘いました。殺意はなかったとダーマ―は証言していますが、結果的に気が付くとスティーブンはベッドの上で横たわり、胸が押しつぶされ、あざがある状態で死亡していました。また、口角からは血がにじんでおり、ダーマーのこぶしと片方の前腕には大きなあざがあったということです。

ダーマ―はスティーブンの遺体をトランクケースにいれて祖母の家へ持ち帰りました。そこで胴体から頭、腕、脚を切断し、体から骨を切り落とし、肉を扱えるほど小さく切り刻んだのです。肉をプラスチックのゴミ袋に入れ骨をシートに包み、ハンマーで叩いて破片にしました。全解体作業にはおよそ2時間かかったそうです。彼は切断された頭部を除くスティーブンの遺骨をすべてゴミ箱に捨てました。

その後、ダーマ―は積極的に被害者を探すようになっていき、殺人及び死体損壊が常態化していきます。

殺し方

ほとんどはゲイバーやその近くで出会い、祖母の家に誘い込むのが常でした。彼は、被害者と性行為に及ぶ前か直後に、トリアゾラムやテマゼパムを被害者に投与していました。彼は睡眠薬で被害者を意識不明にした後、絞殺によって彼らを殺していたといいます。

加速する狂気

1988年9月、ダーマーの祖母は、彼の飲酒、深夜に若い男性を家に連れてくる習慣、地下室とガレージから時々発せられる悪臭に耐え切れず彼に引っ越すよう求めました。ダーマーはすぐにアパートを見つけ引っ越します。その2日後、彼は写真のためにヌードを撮るという口実で自宅に誘った13歳の少年を薬漬けにして、性的に愛撫した罪で逮捕されました。そして再び祖母の家に帰ることになります。
しかし、性的暴行の判決をを待つ2か月の間に、ダーマ―はさらに殺人を重ねていきました

初めての永久保存

5人目の犠牲者である24歳のモデル志望のアンソニーとはゲイバーで出会い、いつものように祖母の家に誘い、そこで2人はオーラルセックスをした後シアーズに薬を飲ませ、絞殺しました。

翌朝、ダーマーは浴槽に死体を入れ、そこで首を切断した後、死体の皮を剥ごうとしました。 肉を剥ぎ取り、骨を粉砕し、ゴミ箱に廃棄。ダーマーによれば、彼はシアーズを「特別に魅力的」だと感じており、シアーズは彼が身体の一部を永久保存した最初の被害者となりました。保存していたものとは、シアーズの頭部と性器をだったそうです。

オックスフォードアパートへ…

前述の罪により、ダーマーは5年の保護観察と1年の矯正施設での生活を言い渡されました。そして、1990年5月に、後に12人の犠牲者が出ることになるオックスフォードアパートに引っ越すことになります。犯罪の多い地域ではありましたが、暮らすには経済的な場所だったのです。

ダーマ―の殺人、および遺体損壊はエスカレートの一途をたどっていきます。殺害方法は、睡眠薬が少なく効きが浅い場合には喉を切って失血させる場合もあったそうですが、基本的には薬で意識をなくした後に絞殺がパターンとなっていました。それ以上に、殺害後にあらゆる解体法や保存方法を試みていくようになっていったそうです。

そうやって保存する目的は、被害者たちの外見、肉体的な美しさを記憶するためだったといいます。

ずさんな犯行と落ち着かない精神

ダーマ―は次々と男性を自分のアパートに誘い込みますが、少なくとも5回は失敗しています。しかし、失敗したあとはしばらく殺しをしないなど冷静な部分もあったようです。この頃、以前の犯罪で保護観察期間中であったダーマ―は、1990年を通じて保護観察官に不安と鬱の感情を定期的に訴えており、自分の性癖、一人暮らし、財政難について頻繁に言及していることが知られています。また、自殺願望もあったようです。

213号室

1991年までに、オックスフォード・アパートの住人たちは213号室(マーダーの部屋)について頻繁に管理人に苦情を申し入れていました。内容としては、物の落下音や時折聞こえるチェーンソーの音に加えて、213号室から発せられる悪臭についてなどです。管理人は何度かダーマーに連絡したそうですが、悪臭は冷凍庫が壊れて中身が「腐った」から生じたもの、臭気が復活したのは熱帯魚が最近死んだからである、などと言いくるめられていたそうです。

動かない警察

1991年5月26日の午後、3人の女性はオックスフォードアパート前のストリートの角に裸で座り朦朧としている少年を見つけます。彼女たちはすぐに911に連絡をしましたが、そこにダーマ―が帰ってきました。ミルウォーキー警察のジョン・バルサーザックとジョセフ・ガブリッシュが到着して様子を聞きましたが、ダーマ―は、彼は恋人でありひどく酔っているだけだから大丈夫だといい、ダーマ―の部屋の中にまで入って悪臭などを感知していたにも関わらず、警官たちはそれ以上の追求を行いませんでした。その後、少年は無残に殺害されたのです。

3人の女性たちは、警官たちに少年が明らかに異常な状態であるにも関わらず保護しなかったことを問い詰めましたが、警官たちは彼女たちに対し「黙れ」「出ていけ」と厳しく通告したそうです。後に、被害者の多くが有色人種や低所得層であったこと、度重なるアパートの住人からの通報にもまともに対応しなかったことが、この猟奇連続殺人を助長した一面が否めないのではないかということは大きく問題視されることになります。

そして、この後も多くの被害者がダーマ―に殺害されていくのでした。

逮捕までの経緯

きっかけ

1991年7月22日、32歳のトレイシー・エドワーズは100ドルでヌード写真のモデルになるために、ダーマ―の部屋を訪れました。部屋に入ったとき、エドワーズは悪臭と塩酸の箱がいくつか床に置かれていることに気付きました。また、隅にドラムがあり、そこから強い臭いが発せられていることにも気付きます。ダーマーはナイフを振り回し、あくまで撮影だと言い聞かせました。部屋の状況と、ダーマ―の異常な行動に危険を感じたエドワーズは冷静に逃げるタイミングを見計らっていました。そして、ダーマ―の顔を殴り玄関を飛び出したのです。

通報

7月22日午後11時30分、エドワーズは2人の警官に助けを求めます。「変な奴に殺されそうになった」という必死の訴えと、手首に手錠がつけられているのを確認して、警官たちはアパートに同行しました。

警官たちが訪問すると、ダーマーは素直に彼らを部屋にいれました。警官たちが部屋の様子を伺っているなかで引き出しの中に入っていた多数のポラロイド写真を見つけます。よく見ると、その多くは、様々な段階のバラバラにされた人間の死体でした。ミューラーは、リビングルームに行き、それらをパートナーに見せ、「これは本物だ」という言葉を発したそうです。

「私は死ぬべきだった」

逮捕に際し、ダーマ―は抵抗しましたが床に押さえつけられ、その時に「私がしたことのために、私は死ぬべきだった」とつぶやいたといわれています。警官たちはすぐに応援を要請しながら、ふと開けた冷蔵庫の棚には黒人男性の切断されたばかりの頭部がありました…

捜索と裁判

博物館のような現場

その後、犯罪捜査局が行ったアパートのより詳細な捜査の結果、ダーマーの台所から合計4つの切断された頭部が発見されました。寝室とクローゼット内では、塗装されたものと漂白されたものの合計7つの頭蓋骨が見つかりました。捜査官は、冷蔵庫の底のトレイに採取した血液の滴を発見し、棚にはそれぞれビニール袋に包んだ2つの人間の心臓と腕の筋肉の一部も発見した。冷凍庫には、胴体全体と、底の氷に張り付いた人間の臓器と肉の袋を発見、さらに、部屋からはドラム缶1つを押収しました。

また、213号室ではないアパート敷地内では、2つの骨格全体、切断された一対の手、切断され保存された2つのペニス、ミイラ化した頭皮、別のドラム缶を見つけます。ドラム缶の中には、酸溶液に溶けたさらに3つのバラバラの胴体を発見しました。主任検視官は後にこう述べている。

実際の犯罪現場というより、誰かの博物館を解体しているようだった。

弁護側の主張

1991年7月25日、ダーマーは4件の第一級殺人の罪で起訴され、裁判は1992年1月30日に裁判が始まりました。弁護側は、ダーマーは死体との性的邂逅への強迫観念である死姦性衝動のために精神異常であったと主張。法医学精神科医カール・ワールストロムは、ダーマーに死体愛好、境界性人格障害、分裂型人格障害、アルコール依存、精神病性障害の診断を下しました。

検察側の主張

検察側は精神疾患を一部否定。ダーマーは計算高く狡猾な人物であり、善悪の区別もでき、自分の行動をコントロールする能力があると述べました。法医学精神科医パーク・ディーツは、ダーマーが『エクソシストIII』や『ジェダイの帰還』の悪役に強く共感し、特にこれらの登場人物が持つ力の大きさに共感していたことを指摘しました。これらの映画がダーマーの精神とアパートで行われた多くの殺人に重要であることを説明し、ダーマーは犠牲者を探す前にこれらの映画のシーンを時々見ていたと説明しました。ディーツはダーマーを物質使用障害、パラフィリア、統合型人格障害と診断しています。

有罪判決

ダーマーは、裁判にかけられた15件の殺人のそれぞれについて、12人の陪審員のうち2人が反対を表明したものの、正気であり、精神障害に苦しんでいなかったとされました。最初の2つの訴因について無期懲役プラス10年の判決、残りの13の訴因は、無期懲役プラス70年の強制的な判決をもたらしました。

収監と死亡

コロンビア矯正施設

ダーマーは、1994年に死亡するまでこの施設に収監されました。最初の1年間は、他の受刑者と接触しないよう独房で過ごし、刑務所の渦の中でキリスト教の洗礼を受けました

1994年7月3日、ある受刑者が、刑務所のチャペルに座っていたダーマーの喉を歯ブラシに埋め込まれたカミソリで切り裂こうとしました。しかし、これは大きな怪我にはなりませんでした。

刑務所内で殺害され死亡

1994年11月28日の朝、決められた作業を行うために独房を出たダーマーは、他の2人の受刑者とともにジムのシャワー室で監視されることなく放置されました。その後、バスルームの床で頭部にひどい傷を負い倒れているのを発見されます。彼は金属棒で頭部と顔面を激しく殴打されており、瀕死の状態で緊急搬送されましたが、その後死亡が確認されました。

ダーマーを殺害したのは、1990年に犯した殺人で終身刑に服していたスカーバーでした。統合失調症と思われるスカーバーは、ダーマーともう一人の受刑者を殴ったあと、独房に戻り、看守にこう告げたといいます。「神がそうしろと言ったんだ。

1995年9月、ダーマーの遺体は火葬され、遺灰は彼の両親の間で分配されたそうです。

ジェフリー・ダーマーに関連した映像作品

映画

  • 1993年-『ジェフリー・ダーマー/ミルウォーキー連続虐殺食人鬼』
  • 2002年-『ジェフリー・ダーマー』
  • 2006年-『ジェフリー・ダーマー ライジング』
  • 2012年-『The Jeffrey Dahmer Files』ドキュメンタリー
  • 2017年-『マイ・フレンド・ダーマー』

ドラマシリーズ

  • 2006年-実録犯罪シリーズ『Born to Kill?』内エピソード
  • 2017年-調査シリーズ『How it Really Happened』内エピソード
  • 2022年-Netflix『ダーマー』
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アオリンゴ

会社員|大阪在住|映画鑑賞と読書が趣味で、とくに大好きなホラー映画を掘り下げたい「にわか研究員」です。まだまだ観たことのない作品も多く更新はノンビリです。

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