実在の犯罪者/事件

あの連続殺人鬼も滞在していたLAの怪奇ホテル『ホテル・セシル』|心霊・怪奇スポット

2022年10月11日

ホテル・セシル
Aoringo

こんにちは!にわかホラー研究員Aoringoです。この記事では、アメリカン・ホラー・ストーリー、シーズン5『ホテル』のモデルになったとされる実在するホラーなスポットについてまとめています。

ホテル・セシルとは

Cecil Hotel (Los Angeles)
出典:Wikipedia

ホテル・セシルは、1924年12月20日に開業したロサンゼルスのダウンタウンにある当時格安のホテル施設でしたが、内装はアールデコ様式の豪華な建築、大理石のロビー、ステンドグラスの窓、アラバスターの像などを豪華なデザインでした。連続殺人犯リチャード・ラミレス(別名ナイト・ストーカー)やジャック・ウンターベガーが宿泊したり、自殺や殺人を含む暗い歴史を持ついわくつきのホテルとして有名なスポットです。

「アメリカン・ホラー・ストーリー(シーズン5:HOTEL)」をはじめ、いくつもの不気味な物語のインスピレーションの基となっています。

ホテル・セシルでの死亡事件

ホテルというのは、いずれも多くの人が訪れる一過性の人口が多い場所であるため、事故や自殺、殺人の現場になる可能性は高いとされています。しかし、それにしてもホテル・セシルは初期の自殺から最近の現象まで、そうした事件発生の件数が多すぎるとされています。

最初の事件記録

1927年1月22日の夜、パーシー・オーモンド・クック(52)が妻と子供との仲直りに失敗し、ホテルの部屋で頭を撃って自殺したのが最初の記録とされています。

連続するホテルでの自殺

次に報告された死は、1931年に宿泊客のW・K・ノートンが毒薬を飲んで部屋で自殺した事件で、同年25歳のベンジャミン・ドディッチは自分の頭を撃ち抜いて自殺。その3年後には、陸軍衛生部隊に所属していた53歳のルイス・D・ボーデンが、自分でのどを切り自殺しています。

連続するホテルでの自殺

その後、1940年代と1950年代を通じて、ホテル・セシルでの自殺発生はさらに続いていき、 ホテルでの死亡事件を追跡する米国ウェブサイト「ルーム・スプーク」は、ホテル・セシルで少なくとも13件の自殺があったことをリストアップしています。最も多かったのは飛び降り自殺とされています。しかし、なぜ彼らがホテル・セシルを選んだのかという点についてはほとんど明らかになっていないそうです。

死因はともかく、セシル・ホテルという場所は「死を誘う、または死に惹かれた者が集いやすい」危険なホテルであることは確かといえそうです。

いくつかの飛び降り自殺について

1944年、19歳のドロシーは、腹痛で目を覚まし、トイレに駆け込んで一人出産をしました。赤ん坊が死んだと思った彼女は、子供を窓から投げ捨てたのです。裁判では、心神喪失を理由とする殺人で無罪になっています。彼女は自分が妊娠していることすら気づいてなかったそうです。

さらに1962年、27歳のポーリーンは、別れた夫と口論になり9階の窓から飛び降りました。しかし、彼女は散歩中の男性の上に着地して2人とも死んでしまったのです。

その他の死亡事件について

また、1964年にはホテルの有名な長期滞在者だったとある女性が部屋で死んでいるのが発見されました。彼女はレイプされ、刺され、殴られ、部屋が荒らされていたそうです。この殺人は未解決だということです。

エリサ・ラム死亡事件

2013年、ホテル・セシルは既に再ブランド化されていましたがまた殺人事件が発生し再び注目を集めました

話題となった理由は、被害者である若いカナダ人学生エリサ・ラムが、ホテル内エレベーターで不穏な行動をとる映像が拡散されたためです。その映像には、ラムが何度もエレベーターのボタンを押し、エレベーターを出たり入ったりしている様子や、誰かから隠れようとしている様子が映っていました。このビデオは、彼女が失踪する直前に撮影されています。そして19日後、ホテルの屋上にある貯水槽から彼女の遺体が発見されました。

発見の経緯は、水の味が変だ、水圧が低いという宿泊客からの苦情があったためです。しかしこの事件は殺人事件ではなく、彼女の双極性障害が大きな要因であり事故による溺死と断定されています。警察は、エレベータでの彼女の異常な行動は、彼女が危険にさらされていると信じて自らタンクに乗り込んだことから、被害妄想的な幻覚によるものであり、タンクに入ったときは水位が高く、宿泊客や住民が水道水を使うにつれて水位が下がって脱出できなくなり、タンクの中に閉じ込められたのではないかと推測しているそうです。

しかし、これまで元気に旅をしてきた彼女に何があったのか疑問であり、貯水槽にはそこに届くはしごもなくいまだ謎に包まれている側面が強いのです。

ホテル・セシルにまつわるエピソード

犯罪の温床地として

セシルの歴史には、自殺のほかにも暴力的で不穏な出来事は数多くあったとされており、不倫カップルのデートスポットとして、または麻薬の受け渡し、売春婦の温床などとしても悪名高いスポットとなっていました。

無残に殺害されたブラックダリア、エリザベス・ショート

1947年にロサンゼルスで腰を切断される凄惨な殺人事件の被害者で、死後”ブラックダリア”と呼ばれることになるエリザベス・ショートが、事件前の数日間、セシルのバーで飲んでいるところを見たという噂がありました。しかし確証はなくあくまで”噂”レベルだそうですが。

エリザベス・ショートは、彼女と同じ名前を持つ人物が『アメリカン・ホラー・ストーリー シーズン1:呪いの館』に登場しており、切断遺体となって発見されています。

シリアルキラーたちの滞在記録

シリアルキラーたちの滞在記録

連続殺人鬼リチャード・ラミレス

1980年代、このホテルは「ナイトストーカー」の異名を持つ連続殺人鬼リチャード・ラミレスの仮住まいでした。ラミレスは、ロサンゼルスのスキッドロー地区の常連で、彼と話したというホテルマンによると、ラミレスはホテル・セシルに数週間滞在していたと噂されてます。ラミレスの殺人は、全てではないにしても、ほとんどがホテル滞在中に行われたとされており、定期的に血まみれの服をホテルのゴミ箱に捨て、裏口から自分の部屋に戻っていました。

模倣殺人鬼ジャック・ウンターベガー

オーストリア人のジャック・ウンターベガーは、おそらくラミレスの犯罪を真似ようとして、1991年にセシルに5週間滞在したといわれています。 その間、彼は少なくとも3人の娼婦を絞殺させています。

度々報告される怪奇現象

ホテル・セシルは100年近い歴史の中で、自殺、殺人、狂気など、不幸な出来事を数多く目撃してきました。そのためか、時折ゲストや居住者から奇妙な現象が報告されるそうです。部屋で暗い人影を目撃した、しばしばベッドのシーツが引っ張られるなど。また、地元住民が撮影した写真で、4階の窓の外に人影がぶら下がっている写真が有名だそうです。

ホテル・セシルの歴史

開業と創業者

ホテル・セシルは、1924年にウィリアム・バンクス・ハナー、チャールズ・L・ディックス、ロバート・H・ショプスの3人のホテル経営者により、出張者や観光客のために建設されました。

完成までに150万ドルかかり、ステンドグラスの窓、ヤシの鉢巻き、アラバスタ像がある豪華な大理石のロビーを誇っていたそうです。ダウンタウンの他の場所にも同じようなホテルがあることを知った3人のホテル経営者は、この事業に約250万ドルを投資しましたが、開業後5年もしないうちにアメリカは世界恐慌に陥ってしまいます。

1940年代にはおしゃれな観光地として一時期栄えたとも言われていますが、その後、スキッドロウと呼ばれる近隣の地域に過疎化が進み、ホテルは衰退していきます。また、立地環境としては、 半径4マイル(6km)以内に1万人ものホームレスが住んでいたとされています。

オーナーの変更と改装

2008年に、新しいオーナーに引き継がれた後ホテルの一部が改装され、2011年にホテルの一部は再ブランド化され共用の施設となりました。さらに、2014年にはホテルはニューヨークのホテル経営者リチャード・ボーンに3000万ドルで売却されます。

その後、別のニューヨークの会社サイモン・バロン開発が99年の地上賃借権を取得。同社社長マット・バロンは、ホテルの歴史的に重要な構成要素の保存に尽力すると述べたものの実際は内部が完全にリニューアルされてしまうことが分かり、2017年にロサンゼルス市議会によって、ホテル・セシルが20世紀初頭のアメリカのホテルを代表するものであり、歴史文化記念物に指定することを決議しました。

現在のセシル・ホテル

2021年12月13日、セシル・ホテルはスキッドロウ・ハウジング・トラストが運営する手頃な価格の集合住宅として再オープンしました。この施設では、600人の低所得者向けに手頃な価格の居住施設が提供されているそうです。

まとめ

いかがでしたか。以上、いわくつきな怪奇スポットホテル・セシルについてお届けしました。

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アオリンゴ

会社員|大阪在住|映画鑑賞と読書が趣味で、とくに大好きなホラー映画を掘り下げたい「にわか研究員」です。まだまだ観たことのない作品も多く更新はノンビリです。

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