『ひかりごけ』(1992)考察&レビュー:実際に日本で起きた極限状態での人肉食事件とは
極寒と飢餓の極限状態

戦時中に、実際に起こった人肉食事件を題材に描かれた小説を社会派監督・熊井啓が映画化した衝撃作。鬼気迫る演技で観るものを圧倒する三國連太郎の船長役は必見。他にも、奥田瑛二、田中邦衛、杉本哲太など豪華俳優陣の極限シチュエーションでの演技が光ります。
『ひかりごけ』について
1943年、太平洋戦争中。陸軍の軍需物資を積んだ船団の一隻が座礁、4人の船員は北海道・知床半島の洞窟へと漂着する。
厳冬期の知床、想像を絶する寒さと飢えの極限の中、洞窟内でいったい何が起こったのか。
ただひとり、生還した船長は、当時英雄として迎えられるも、数か月後にバラバラの人骨と衣服が納められた箱が発見されてから、事態は一変する。
監督は、社会派映画監督として知られる熊井啓。
地下鉄サリン事件での一連の冤罪報道を描く『日本の黒い夏 冤罪』や、太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした遠藤周作原作の『海と毒薬』などで知られ、いずれも社会テーマに鋭く切り込んだ硬派な作品が特徴です。
私がこの作品を知ったのは、カニバリズムの記事をかくために色々ネットサーフィンしている最中でした。日本にカニバリズムはあったのか…?というテーマでかいてた記事だったのですが、同時に人肉食を扱った邦画を探していたところ出会ったタイトル。
近所のレンタルビデオ屋にもないしなかなか観る機会がなかったんですが、U-NEXTで見放題で配信していることが判明し!、やっと鑑賞なり。
太平洋戦争の最中、島に流れ着いた男4人は極寒で食料のない極限状態の中でどうなっていくのか…、俳優4人によるワンシチュエーションの中で淡々と過ぎていく日々を描いているものの、心理状態の変化、精神状態の崩壊、そして燃え尽きゆく命…と、この実力派俳優陣の演技があってこその2時間だと感じた。
そして、人肉食をテーマにしているものの直接的なグロい描写などは一切ない。それなのに、食事のシーンはちょっとオエッてなっちゃいそうな妙なリアルさがあった…
終盤、裁判のシーン。遺族にしてみれば、自分の家族を食べられたわけだから、船長のことはさぞや鬼畜のような存在にでも思えるのは仕方ない、けれどあのような極限状態で正常な思考力も奪われたであろう人に対し、他人が通常の倫理観でどこまで裁けるというのだろう。
それに加え、船長の理解しがたい言動の数々…”人を喰った”その先にあるものとは一体なんなのだろう。
人間以外の動植物は、生存が危ぶまれたときは他の個体を犠牲にしてでも、種の保存のために生き延びようとするのはめずらしくなく、むしろ一般的なことだ。それを思えば、力尽きた船員を餌にして生き延びようとした者の生存本能はまさに動物的で正しいともいえるのではないでしょうか。
誰も食べて欲しいとは思っておらず、食べたいとも思っていなかったはず。(多分…ね)
映画の中にもありましたが、日本人が人を食べたなんて国家全体のイメージを悪くする大事件だということで、実際の事件でも裁判に関する書類や資料はことごとく破棄されたということです。
”ひかりごけ事件”とは
この映画の原作が題材にした実際の事件”ひかりごけ事件”とは、そもそもどういった事件だったのでしょうか。
ひかりごけ事件は、1944年(昭和19年)5月に日本の北海道目梨郡羅臼町で発覚した死体損壊事件のことです。
日本陸軍の徴用船が難破し、真冬の知床岬で危機状態に置かれた船長が、船員の遺体を食べて生き延びました。日本の歴史上、食人は幾度と発生してきましたが、本件は「食人によって刑を科せられた初めての事件」とされています。日本の刑法には食人に関する規定が無いため、釧路地裁にて死体損壊事件として処理されました。
事件までの経緯
1943年(昭和18年)12月、日本陸軍の船が7人の乗組員を乗せ、船体修理のため根室港から小樽市へ向かう途中、知床岬沖合で大シケに遇い、座礁しました。
船員7名は岩肌の暗礁に漂着した船から退避、知床半島のペキンノ鼻に降り立ちましたが、真冬の北海道は、雪と氷、吹雪に覆われた季節でした。徴用船の船長 (当時29歳)は他の船員とはぐれましたが、一軒の番屋に辿り着きます。
やがて、船員のうち最年少(18歳)の青年1人も番屋に吹雪の中たどり着きました。さらに2人は近場にあった、もう一軒の番屋に移動、1か月以上をそこで過ごしますが、極寒の中で体力を消耗し、食料もなく、18歳の船員は死亡、船長はその遺体を口にしました。
翌1944年(昭和19年)2月、船長が漁民の一家宅に現れ助けを求めたっった一人で生還すると、「奇跡の神兵」として、もてはやされたそうです。しかしながら、警察および軍部内で船長の言動あるいは生還の状況の不自然さから、食人を疑う者が出始め、一部の者による独自の内偵が進められることに。
その後、現場検証などの結果、ペキンノ鼻の北側で乗組員(炊事夫)の凍死体を発見、その後、番屋近くの木箱に納められた人骨が発見、その後ペキンノ鼻の北で新たに2人の遺体が発見、回収され見つからなかった2人についても食人が疑われました。
その後6月に警察は殺人、死体遺棄および死体損壊の容疑で船長を逮捕。警察の調べに対し船長は、乗組員の1人の遺体を食べたことを認めたが、殺人は否認しました。
検察は、船長を死体損壊容疑で起訴。刑法には「食人」についての規定がないため、食人の是非については裁判では問われませんでした。8月、船長に対する心神耗弱が認められ、懲役1年の判決が下りた、ということです。
『ひかりごけ』概要
- 製作国:日本
- 製作年:1992
スタッフ
- 監督:熊井啓
- 脚本:池田太郎、熊井啓
- 製作:内藤武敏、相澤徹
- 原作:武田泰淳
メイン出演俳優
- 三國連太郎 ―船長、校長役
- 奥田瑛二 ―西川役
- 田中邦衛 ―八蔵役
- 杉本哲太 ―五助役
その他の出演俳優
- 笠智衆 ― 裁判長役
- 井川比佐志 ― 検事役
- ジョン・レグイザモ― 映画俳優役
- 内藤武敏― 作家役
- 津嘉山正種 ー弁護士役
まとめ
今回は、実際に起こり、初めて人肉食事件として裁かれた”ひかりごけ事件”を題材にした映画「ひかりごけ」についてレビューしました。
カニバリズムには、能動的に人肉を好む場合と、今回のように極限状態に置かれた人々がしかたなく行うというパターンがあります。いずれも通常の倫理観では太刀打ちできない”人を食う”という所業。
カニバリズムは禁断のタブーだと分かりつつ、それをテーマにした映画や小説は多く存在します。絶対的なタブーだからこそ、どうしても好奇心をくすぐられてしまうものなのかもしれません。


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